読めたら読んでね!

書けたら書くので!

【書評】アンソニー・フリン他『カスタマイズ ――特注をビジネスにする戦略』

先進諸国の消費経済はフォード車の同一モデル大量生産方式に始まり、高度経済以降はあらゆる製品で顧客層に合わせたモデルの細分化スタイルが一般化した。次のフェーズとして、いまや個々の顧客ごとに「特注モデル」を販売できる企業が急成長しているという。

カスタマイズ 【特注】をビジネスにする戦略

カスタマイズ 【特注】をビジネスにする戦略

  • 作者: アンソニー・フリン,エミリー・フリン・ヴェンキャット,和田美樹
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2014/10/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る

低コストの特注量産が可能な時代へ

特注と言っても、必ずしも「フルオーダーメイド」である必要はない。本書で推奨されているのはむしろ、予めデザインやオプションのひな形を「プロの提案」として提示しておき、消費者にとって重要なパーツだけを自由に組み合わせできるような仕組みである。


行動心理学によれば、消費者は選択肢が多いほど迷ってしまい、購入を回避する。だから選択肢は適切な幅に限定する必要がある。加えて、人間は苦労して手に入れたもの、作りあげたものに価値を感じる傾向もあり、カスタマイズモデルはその意味でもファンマーケティング的な側面も合わせ持つ手法なのだ。


カスタムジュエリーのGemvara(ジェムヴァラ)


たとえば、カスタムジュエリーを提供する「Gemvara(ジェムヴァラ)」では、当初苦戦を強いられたフルオーダーメイド受注を止め、プロのデザイナーが作ったベースデザインを数パターン用意。パーツの細部をウェブ上で顧客がいじれるように変更したところ、これが当たった。当然、ベースデザインを絞ることは製造コストの抑制にも直結するので、この方式の利点は大きい。


意外なのは、発注数が大きく増えても、実際にカスタマイズする客は3割程度にとどまったという事実だった。自分で手を加えてはみたものの、「やっぱりそのままが良い」とプロのベースデザインそのままで注文というパターンも少なくなかったのだ。


結局のところ、消費者は「ゼロから自由に決めていいよ」と言われてもそう簡単には決められない。プロからベースの提案を受けたうえで、自分がこだわりたいいくつかのポイントをカスタマイズし、「吟味した」という納得感を醸成するプロセスこそが重要だ。選択肢は多すぎても少なすぎてもダメなので、アメリカではこのバランスを追求し続ける「チョイス・アーキテクト」という役職まであるらしい。

カスタマイゼーションの4分類

カスタマイゼーションの分類

本書では他にも、ファッション業界の代表格の「ZARA」、ギフト領域では「ザズル」(カスタムTシャツやマグカップ)や「シャッターフライ」(フォトアルバム)などが紹介されている。また著者はカスタマイゼーションを4つに分類し、Amazonの商品レコメンデーションもまたカスタマイゼーションの派生型(ライト・カスタマイゼーション)だと見なしている。紹介されるカスタマイズ事例は製造業が多いが、自社が属する業態に沿ったカスタマイズの方式を模索することが重要になりそうだ。


製造業について補足すれば、実はいま、工場を途上国からアメリカに戻す会社が増えているという。無地のTシャツやスマホケースを海外でつくり、付加価値部分の最終製品化をアメリカで実施するような方式で、関税節約と、オーダーから販売までのリードタイムを大幅に下げられる点のメリットの方が大きくなっているためだ。卸先の小売業とのチャネル・コンフリクトも避けられ、カスタム革命によって「アメリカの製造業が生まれ変わる手段となる」(カフェプレスCEO)との見方までされているというから面白い。

旅行業界のカスタマイゼーション

ところで旅行文脈でも、業界を代表する調査会社であるフォーカスライト社から「カスタマイズ」と「パーソナライズ」の概念の関係性についてレポートが発表されている。

www.travelvoice.jp


この記事では、「カスタマイゼーション」「インディビジュアライゼーション」「パーソナライゼーション」という3つの概念は以下の関係性にあるとする。

カスタマイゼーション
消費者が提供する明示的なシグナルに基づいてコンテンツとメッセージを変化させる。
例>ホテル検索で"大人2人と子供2人"と入力すると家族の写真が表れる


インディビジュアライゼーション
過去の顧客の信頼できるサンプルから導かれる受動的なシグナルに基づいてコンテンツとメッセージを変化させる。
例>吹雪が続いた後にニュースレターを通じてリゾートバケーションを提案すると、その予約率が高まるなど


パーソナライゼーション
カスタマイゼーションとインディビジュアライゼーションの両方を活用してコンテンツとメッセージを変化させる。
これには、顧客が意図して共有した個人識別情報(例えば、プロフィールに記載した好みやサイトのナビゲーション履歴、購買行動など)が含まれる。


カスタマイゼーションとインディビジュアライゼーションを融合した上位概念がパーソナライゼーションだ、というわけである。フォーカスライトと本書の概念定義はずれているので単純に優劣をつけることはできないが、いずれにせよ個々の顧客ごとに最適化された提案をできるか否かが、ビジネスの要になってきていることは間違いないようだ。

関連記事&書籍

予想どおりに不合理  行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

予想どおりに不合理  行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

ファンベース ──支持され、愛され、長く売れ続けるために (ちくま新書)

ファンベース ──支持され、愛され、長く売れ続けるために (ちくま新書)

ツイッターもやってます

twitter.com