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【書評】沼野雄司『ファンダメンタルな楽曲分析入門』

ファンダメンタルな楽曲分析入門POP*1

音楽の批評は敷居が高い。好き嫌いという主観的な価値判断を超えた、客観的な善し悪しの基準を持ち合わせていないからだ。そもそも客観的な判断軸なんてあるのか?

そんな先入観を持っていたぼくのような人間に、本書はうってつけの一冊だった。

ファンダメンタルな楽曲分析入門

ファンダメンタルな楽曲分析入門

  • 作者:沼野 雄司
  • 出版社/メーカー: 音楽之友社
  • 発売日: 2017/09/11
  • メディア: 単行本

音楽の形式分析の「原理」

「クラシック音楽の形式を考察可能な限り、原理的に考えることをコンセプト」に据える本書では、ベートーヴェンのソナタ形式を中心的題材として解説が展開される。


本書によれば、音楽を特徴づける大きな要素として「反復」を挙げることができる。「反復」されるものはリズムであったり旋律やコードであったりと様々だが、大別すると、直前のパターンが直ちに再現される「繰り返し反復」と、いちど別のパターンを経由したのちに同じパターンへと戻ってくる「回帰反復」の2種類があるという。
後者がクラシック音楽でいう「3部形式」に相当するのだが、この「回帰反復」というスタイルは他の芸術ではめったに現れない、音楽独自の形式らしい。


なるほど、言われてみればたしかにそのとおりかもしれない。音楽はリニアに進行する時間の流れの上でしか演奏も鑑賞もしえないし、絵画のような芸術において「回帰反復」的な表現を考えようと思ってもちょっとよく分からなくなる。
とくに音楽においては、鑑賞者の「記憶」に直接訴えかける芸術表現である点は重要だろう。ぼくたちは常にあるパターンを認識し、再びそのパターンが到来することをどこかで期待しながら、音楽を聴いているはずだから。


楽曲理論の本だけに、本書には実際の楽譜に沿った解説も展開するのだが、楽譜が読めなくても個人的には差し支えないと思う。その楽譜で何が書かれており、その意味するところや解読の視点が複数ありうること等、著者が丁寧に解説してくれているからだ。


ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ 第25番」の第1楽章がドイツ舞曲をモチーフにしており、両手がクロスする独特の運動性が組み込まれた曲なんだ、という説明には、ピアノ演奏はおろか楽譜もロクに読めないくせに「やってみたい!」と思わされたくらいだった。


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記憶との関連では、かつてクラシックで多用されたフレーズの「繰り返し」は鑑賞者に覚えてもらうための工夫で、録音技術の進化とともに不要になった話も面白かったし、「中世→ルネサンス→バロック→古典→ロマン派→現代音楽」と時代ごとに変遷する楽曲傾向が分かりやすく紹介されている点もグッド。


なにより、音楽好きな人は、自身が好む音楽について積極的には言語化したがらない印象がある(偏見かもしれん)が、その理由がよく分かった気がする。著者は冒頭で「愛はやんわりと分析を拒む」と述べているが、分析とはまさに対象から一定の距離を取ることに他ならないからだ。


でも、分析するからこそ接近できる作品の魅力というのも確実にあるはずだ。そしてそれはとても楽しい行為だと思う。音楽を「わかる」ひとつの入り口に立たせてくれる一冊としておすすめしたい。

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