星野リゾートは旅館・ホテルの運営会社である。1904年、長野県軽井沢町で創業した老舗旅館「星野温泉旅館」がその前身で、4代目社長に就任した星野佳路(よしはる)社長は、独自の経営戦略で日本を代表するリゾート運営企業へと成長させた。星野リゾートの特徴のひとつは、施設所有にこだわらない運営特化戦略だ。全国各地でリゾートの運営を引き受けながら、軽井沢や京都では高級旅館「星のや」の展開を進めている。
画像引用:星野リゾート奥入瀬渓流ホテル グランドオープン | 奥入瀬エリア情報
アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院で経営学を学んだ星野氏の経営戦略は、「教科書通り」を徹底するスタイルだという。『星野リゾートの教科書』は星野リゾートのケーススタディとともに、星野社長がどんな「教科書」を活用してきたのかを紹介する内容になっている。
教科書に書かれていることは正しい
「経営に教科書なんて役に立たない」という疑問をもつ人も多いかもしれない。しかし星野氏によれば、そう感じるとしたら「理解が不十分」か「取り組みが徹底されていない」可能性が高いという。「教科書に書かれていることは正しく、実践で使える」――。星野社長がそう確信する背景にあるのは、「企業経営は、経営者個人の資質に基づく『アート』の部分と、論理に基づく『サイエンス』の部分がある」という洞察だ。
経営手法を社会科学的に分析し、体系化したものこそがサイエンスに基づいた「教科書」であり、そこに書かれている定石(セオリー)を経営判断の指針とすることは理に適っている、というのが星野氏の主張である。そしてまた、ひとつの経営判断のミスが致命的なダメージにつながる小さな会社こそ、教科書通りのセオリーを活用する意義が大きいと星野社長は強調する。
教科書としてふさわしい本とその読み方について
もちろん、「教科書通りにやりなさい」と言っても、経営にかんする本なら何でも良いわけではない。星野社長は教科書の選び方と、その活用方法について3つの指針を提示している。
1.書店に1冊しかないような古典的な本ほど役に立つ
教科書に適した本は新しいものよりも古典的理論のなかにある、というのが星野氏の基本的な考えだ。流行の波を乗り越えて体系化された理論だからこそ、定石として使える。著者のプロフィールもチェックし、学問と実践(ex.コンサルタントなど)を行き来した研究者の本がよい。経営者の感性や成功体験にもとづくエッセイなどは教科書としては利用しづらい、ということに自然となるだろう。
候補となる本を見つけたら、1章のエッセンス部分をざっと読み、「自社が抱える課題にとって役立つ教科書になりそうか」という観点、自分の悩みにたいする“フィット感”で決めるとよい。
2.1行ずつ理解し、分からない部分を残さず、何度でも読む
教科書として活用するためには、読み物的な読み方ではいけない。1行ずつきちんと理解しながら読んでいく。何度も読み返すために、時には数か月間でも持ち歩き、線を引いたり、付箋を貼ったりする。思いついた点は本に直接書き込む。読書メモは、本とメモが離れてしまうのでおすすめしていない。
教科書から離れるときは、本に書かれた自分のアイデアをプレゼンテーションソフトで一気にまとめていく。
3.理論をつまみ食いしないで、100%教科書通りにやってみる
学んだ理論を実際の経営に適用する場合には、教科書に書かれていることをすべて忠実に実践してみる。「3つの対策が必要だ」とあれば、必ず3つすべてを実施すること。「導入しやすい部分」「都合のいい部分」だけを導入しようとする人は少なくないが、そのやり方だと、成果が出なかったときに原因が特定できないからだ。
上記の3つのポイントは一見大変そうだが、それほど難しくないと星野氏は言う。
教科書通りの戦略を打っても、なかなか成果が出ないこともある。私は何度もそんな経験をしてきたが、苦しいときでも教科書通りだという自信があれば耐えられる。
うまくいかないときには戦略を微調整することを考えるが、その判断は慎重にする必要がある。「効果が出るには時間がまだ不足している」「きちんと教科書通りにしていない」という理由で成果が出ていない場合は、戦略を変える必要はない。そんなときに作戦変更することは深い霧の中に入っていくようなものだ。(…)
微調整をするのは、すべてを教科書通りにやり切ってからである。*1
気になった教科書
さて、実践事例とともに本書の中で紹介される30冊はどれも魅力的に解説されているのだが、ここでは特に気になったものをいくつか紹介してみたい。
『競争の戦略』
- 作者: M.E.ポーター,土岐坤,服部照夫,中辻万治
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 1995/03/16
- メディア: 単行本
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お客様視点のマーケティングが強調されていた時代に、「ライバルの動向こそが重要だ」と喝破したポーターの理論。ポーターは企業がライバルとの競争で取るべき戦略として以下の3つを挙げ、この中から戦略を選んで徹底すべきだと主張した。
1.「コストリーダーシップ」:コスト競争力で優位に立つ
2.「差別化」:競争相手との違いを前面に出す
3.「集中」:特定の領域に自社の経営資源を集めてライバルに勝つ
ケーススタディでは、島根県松江市の玉造温泉にある「華仙亭有楽」や長野県松本市の浅間温泉にある「貴祥庵」の事例が紹介されている。団体客旅行から個人旅行の時代へと変化し、それに伴って団体客の減少分を個人客で賄おうと二兎を追ってしまった旅館を、星野社長はポーターの理論を適用して再生を実現した。
『1分間顧客サービス』
- 作者: K.ブランチャード,S.ボウルズ,Ken Blanchard,Sheldon Bowles,門田美鈴
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 1994/02
- メディア: 単行本
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本書でも取り上げられている『ビジョナリー・カンパニー』が経営ビジョンの重要性について語るものなら、こちらはサービスコンセプトの重要性を強調する著作といえる。会社の向かう方向である「ビジョン」を決めるのは経営者の役割であるが、そのビジョンに基づいて個々のサービスの「コンセプト」を決めるときには、社員やスタッフを巻き込みながら明確化すべきだとする一冊。
このビジョンやコンセプトというのはいまいち飲み込みにくい概念だと思うが、星野リゾートの例で考えると非常に分かりやすい。
経営ビジョン
「リゾート運営の達人」になる
施設ごとのコンセプト
星のや京都:「水辺の私邸」
リゾナーレ(山梨):「大人のためのファミリーリゾート」
青森屋(青森):「のれそれ青森」
タラサ志摩(三重):「海エナジーをチャージする」
経営ビジョンによって会社の向かう方向を示したうえで、個々のサービス施設とそこで働く関係者たちの「なりたい姿」を明確化していくというものだ。お客様の要求が自分たちの目指している製品・サービスと合致しない場合、「要求を無視すべきだ」と断言しているという点も、たいへん興味深い。
著者のブランチャードは、「1分間」シリーズで有名な人物で、彼の著書は名だたる企業の「教科書」になっているらしい。本書で紹介されるもう1冊の本『1分間エンパワーメント』も非常に面白そうだ(ただし絶版のためすごい値段がついている)。
『イノベーターの条件』
イノベーターの条件―社会の絆をいかに創造するか (はじめて読むドラッカー (社会編))
- 作者: P.F.ドラッカー,Peter F. Drucker,上田惇生
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2000/12
- メディア: 単行本
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いわずと知れたドラッカーの著作だが、ドラッカーの本はいくつも出ているので、どれから読もうかといまだ手を出せずにいるもののひとつ。そもそもドラッカーのマネジメント論は、ナチスドイツを生み出した全体主義的組織を分析し、こうした非人間的な組織の発生をいかに防ぐかという観点で書かれていたはずなので、個人的にはマネジメントの理論そのもの以上に、ドラッカーの社会に対する分析の方に興味を持っている。「はじめて読むドラッカー」シリーズの社会編ということらしいので、まずはこのへんから読んでみるのがいいかもしれない。
『戦略サファリ』
戦略サファリ 第2版 -戦略マネジメント・コンプリート・ガイドブック
- 作者: ヘンリーミンツバーグ,ブルースアルストランド,ジョセフランペル,齋藤嘉則
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2012/12/21
- メディア: 単行本
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学問全体に共通する話だが、経営学の内部にもどうやらいろいろな立場があり、一見万能そうにみえる有名な理論にも批判が加えられていたり、ある仮定のもとでのみ適用できる理論であったりと、「これが正解」という理論は、当然ながら存在しないらしい。自分が適用しようとする理論を学びつつ、その限界を知っておくこともまた重要だろう。
この本は、経営学の戦略論を10学派に分け分析した内容とのこと。本書ではわずかなコメントとともに紹介されているにすぎないが、学問的関心がある人間にはなかなか面白そうな内容である。
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以上、簡単に紹介してみたが、とりあえず読みたい本がみつかることと、「星野リゾート泊まってみてえ~~」となるのは間違いない!