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ブランディングの科学は可能か?@川上慎市郎、山口義宏『プラットフォーム ブランディング』

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ブランディングは難しい」。


ビジネスにおけるブランディングの重要性は理解しながらも、そう感じている人も多いのではないでしょうか。そもそも「ブランディング」とは一体なにで、自社(あるいは自分自身)についての好意的なイメージをどう形成したらよいのか? 『プラットフォーム ブランディング』はそんな疑問にひとつの回答を与えてくれる一冊です。

プラットフォーム ブランディング

プラットフォーム ブランディング

コンセプトは「ブランディングを科学する」


本書の特徴は、ブランディングを「アート」と「サイエンス」という2つの側面に分けたうえで、思い切って後者のみにフォーカスするという点にあります。「ブランド戦略は再現性のあるロジックであり、学習によって習得が可能なスキル」*1であるとして、できうる限り理論的な体系化をめざす試みをしている点で非常にユニークです。


では本書が描く現代の「ブランド」とはどんなものなのか? 結論を先取りして言ってしまえば、それは以下のようなもの。

そのエッセンスをまとめると、ブランドは「モノの良さ」だけでなく、「体験全体の価値を蓄積し、想起させる基盤」「生活者との間で共有化できるテーマを見定め、生活者を主語にした課題や願望を解決支援する基盤」「効率的な知覚形成を重視し、戦略投資の傾斜配分を実施するレバレッジ効果の基盤」という三つの基盤=プラットフォームへと進化していると言える。*2


ブランドがプラットフォーム化している。一体どういうことでしょうか?

技術のコモディティ化と生活者の体験価値


そもそもブランドとは何か? 本書によれば、ブランドとは「生活者の頭の中にある、企業や商品が提供する体験の価値と分かりやすい識別記号とがセットになった記憶」のこと*3なのだと言います。ブランド戦略やブランディングというと、つい「広告宣伝」を連想してしまいがちですが、それは広範に及ぶブランディングという取組みのごく一部分の話にすぎません。


ブランディング=「記憶」ということは、「何が価値と理解し、記憶に残るかは、最終的には生活者に委ねられる」ということです。特に近年ではあらゆる領域で技術のコモディティ化が急激に進んでいます。「技術力が強みにならない時代に何をブランドの源泉とするか」、そう問いを立てたときに鍵となるのは、ぼくたち生活者ひとりひとりが受けとる「体験の価値」です。

ブランド体験フローを構築せよ


ブランドを「体験の価値」と捉えると、体験の機会となるのは購入した製品を使用するその瞬間に限らないことに気が付くでしょう。

今や、生活者のブランド体験を形づくるのは、企業の広告と製品だけではない。店舗を訪れたり、製品を購入したりしたユーザーの個別の体験が、ブログやフェイスブックツイッターといったソーシャルメディアで共有され、蓄積されることでブランド自身の資産となるのだ。*4


具体的な例として本書で紹介されるのが「ドロリッチ」の事例です。ドロリッチは2008年にグリコ乳業が発売した高粘度のコーヒーゼリー飲料で、当時ツイッターで「ドロリッチなう」とつぶやくする人が続出。ツイッターが日本国内で広まり始めた時期なので、覚えている方も多いのではないでしょうか。

【参考】ドロリッチとは - ニコニコ大百科


ここで著者らが注目するのは、人々がドロリッチという商品そのものの品質に価値を見出したというよりも、話題になっているその商品を手に取り、「ドロリッチなう」とつぶやきたい――そうした動機づけによって、半ば商品それ自体は置き去りにしつつ、「ドロリッチ」というイメージが独り歩きしていく運動です。


生活者たちがこのような体験を形成する一連の運動を、本書では「ブランド体験フロー」と呼び、いかにそのフローを意図的に生み出すか、という部分に焦点を当てていきます。ただすぐに分かるように、ドロリッチの事例はグリコ自身がその細部までを入念に企画して実現した現象ではありません。もちろん商品自体の特徴や、初音ミクとのコラボ企画によって話題性を狙ったことは間違いありませんが、おそらくは企画者たちの予想をはるかに越えた「バズり」方をしていたはずです。


生活者が感情や欲望を刺激され、キャンペーンに動員されていく時、本質的にその運動の全体をコントロールすることは不可能です。できることはただ、自分たちの商品を媒介(メディア)として、人々のコミュニケーションを促すキッカケと環境を提供しつづけることだけ。そこで以下のような結論が導かれることになります。

言い換えれば、ブランドは生活者に対する価値そのものというよりは、さまざまなコミュニケーションの「場」の総称、すなわち「プラットフォーム」となるべきだということだ。*5

ブランド=体験の一貫性を保証する単位


プラットフォームとは「ユーザーとユーザーのコミュニケーションを媒介することで価値を生み出す場」*6である。では、そうして生まれたコミュニケーションのあるべき姿とはどんなものでしょうか?


このことに関連して、本書ではブランドを「単なる知名度の資産」として見做すのではなく、「一貫性で育てる知覚価値」と認識すべきである点を強調しています。ブランドとは「体験の一貫性を保証する単位」である。逆をいえば、仮に異なる価値を持つ商品を提供する場合には、異なるブランドを用意するべきなのです。――たとえば、ユニクロにおけるGU、スターバックスにおけるシアトルズ・ベストコーヒーのように。


こうしてひとつの単位として規定したブランドにおいて、「体験の一貫性」を保つために著者らは2つの観点を導入しています。ひとつは長期間にわたって変わらぬ印象を与える「時系列での一貫性」、もうひとつはどの顧客接点に触れても変わらぬ印象を与える「接点間での一貫性」です。

以上の議論から、ブランドの評価は以下のとおり因数分解されました。

生活者のブランド評価 = 体験の魅力度 × 体験の量・時間 × 体験の一貫性*7


アップルやフォルクスワーゲンの「「顧客体験(UX) のデザイン」への異常なまでのこだわり」もまた、この等式の各項を最大化するための取組みなのです。

生活者主語への「拡張」


ここまでで冒頭で紹介した結論のなかの1点目「体験全体の価値を蓄積し、想起させる基盤」について紹介してきました。残り2つの点についても簡単に触れておきます。まずは2点目の「生活者との間で共有化できるテーマを見定め、生活者を主語にした課題や願望を解決支援する基盤」について。


前述の公式における「生活者のブランド評価」を別の観点から分解してみると、「ブランド知覚価値は、「生活者主語の知覚価値」と「ブランド主語の知覚価値」の二つで構成され」、両者は相補的な関係にあるといいます*8


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ブランド知覚価値の全体構造をモデル化したのが上の図です。下にあるのがブランド側が「自分たちの製品がいかに素晴らしいか」を語るレイヤー、上が生活者(消費者)主語で「自分の生活がいかに素敵になるのか」を見出すレイヤーです。近年のトレンドでは、下のブランド側から一方的にメッセージを押し付ける形のブランディングは成立しづらくなっており、上の「生活者主語の知覚価値」がより重要性を増していると。*10


市場における競争力を考えた場合には可能な限り、具体的なエビデンスを示す下の領域で差別化できることが望ましく、その領域で差別化できない場合には、より上のレイヤーである象徴的顧客像のイメージ形成によって差別化が必要となります。が、相対的に多額のプロモーション費用投入が必須となるでしょう。


この図の良いところは、上から下に行くほど、よりリテラシーの高い生活者が判断材料とする傾向にあることが分かる点です。またたしかにトレンド上は「生活者主語の知覚価値」が優位になっているものの、「ブランド主語の知覚価値」も依然として(とりわけ高級ブランドでは)重要な要素。つまり必要なのは主語の単純な転換ではなく「拡張」であることも分かります。

マーケティング諸理論との関係


最後に「効率的な知覚形成を重視し、戦略投資の傾斜配分を実施するレバレッジ効果の基盤」についてですが、ブランド戦略とは「事業戦略とマーケティング4P施策をつなぐ核となる戦略を策定する」という明確なミッションがある*11、という位置づけの整理がこのトピックの要諦になりそうです。


マーケティング4P施策まで落とし込んだ先のデザインや広告クリエイティブは、たしかに属人的なアートの比重が高く、普遍的に再現することは難しい。でも、施策の手前にあるブランド戦略は形式知にできる割合が高い。そう整理したうえで、事業部横断的な共通認識の形成が成功の鍵を握るため、経営トップの積極的支援の重要性を繰り返し強調しています。


本書の優れた点のひとつとして、既存のマーケティング理論のエッセンスを真摯に取り込みつつ、各理論の位置づけと自身の主張を整理して見せた点も挙げられると思います。


個人的には、マーケティング本で教科書的に解説される「ターゲット顧客の設定」にまつわる、「顧客を絞り込むことで、結果的に捨ててしまう層が出てくるのではないか?」という疑問を取り上げ、「そうではないのだ」ときちんと回答している点*12や、またそもそもブランド知覚価値を設計すべきかどうかは、(より上流の行程である)経営戦略上の判断で決まるもので、「会社の強みが市場トレンドに後追いするスピードしかなく、徹底的にヒット商品に便乗したゲリラ戦で勝つということであれば、無理に施策の手数を縛るようなブランド知覚価値を設計することはない」と明言している点*13にも納得感がありました。


ちと長くなりましたが、企業のブランド戦略はあらゆる部門に関係する取組みであるだけに、多くのビジネスパーソンにとって良質な基礎知識を提供してくれる一冊としておすすめです。

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欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング (集英社新書)

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*1:第一章より

*2:第四章より

*3:序章より

*4:第二章より

*5:第二章より

*6:第三章より

*7:第一章より

*8:第五章より。ただ、本書においてはおそらく用語上の混乱があり、「ブランド知覚価値」が前述の「生活者のブランド評価」言い換えなのか、あるいは右辺の「体験の魅力度」の言い換えなのか、一般の用語との対応がやや不明瞭な箇所があります。

*9:第五章より。下の図は具体例として挙げられているひとつがダイソンの掃除機を当てはめた例

*10:なお「インサイト」とは、「人々の隠れた欲望」を意味するマーケティング用語です。『欲望する「ことば」――「社会記号」とマーケティング』等が参考になります。

*11:第四章より

*12:第五章。本書では「ブランドターゲット」と「セールスターゲット」を区別することを推奨しています。

*13:第一章より