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旅行ガイドブックの原点とその歩み――『「地球の歩き方」の歩き方』

海外旅行のガイドブックときけば真っ先にうかぶ「地球の歩き方」シリーズ。全250タイトル、年間発行部数800万部と、この市場では圧倒的なつよさを誇っています。『「地球の歩き方」の歩き方』は、「地球の歩き方」創刊メンバーである四人のインタビューを中心に、その誕生から一大メディアになるまでの歩みを記録した内容。

 

フォートラベル創業者の津田さん(@tsudazentai)に薦めていただいたのがキッカケで手に取った一冊なのですが*1、現在とはまったく異なる時代状況とそのなかで創刊に関わった人たちがなにを考えてきたのか、ということが見えてきて面白く読みました。印象に残ったトピックをいくつか紹介したいと思います。

「地球の歩き方」の歩き方

「地球の歩き方」の歩き方

 

 

私たちは、バックパックを背負ってタイを目指しませんでしたから

地球の歩き方」といえば“バックパッカー向けの旅行ガイド”というイメージ。でも、じっさいにはヨーロッパやアメリカでは都市編といった切り口でもたくさん出版がされているし、かなり以前から一般旅行者やビジネスパーソンまで幅広くカバーする方向へと舵を切っていたとのこと。そうした現実とイメージとのギャップ、また「アンチ・地球の歩き方」という立場をとる層の出現など、メジャー化していくなかでの葛藤が語られています。 

 

そうした「イメージ」に絡む話題のなかで興味深くかんじたのが、創刊メンバーの四人はいわゆるバックパッカーではなかった、ということです。もちろん彼らは当時、誰よりも海外旅行に魅力を感じ、じっさいに各国を転々として長期滞在をくり返す生活をする人たちでした。いうまでもなく彼ら自身が旅に精通した人物です。ただし現在と大きく異なるのは、海外旅行という選択肢がまったく手軽ではなかった点でしょう。

1ドル=360円、高価な航空券、なにより“「地球の歩き方」以前”の時代なので情報そのものがほとんどありません。そういう環境での長期滞在するとなると、可能なかぎり節約する工夫が必要になってきます。そうした“知恵の共有”にたいする欲求が「地球の歩き方」が作られる源泉になっている。だから彼らは「貧乏旅行」「個人旅行」のノウハウを積極的に提供しました。けれど、それは「貧乏」であることがどうしても必要だったからにすぎません。お金がかけられるなら、それに越したことはない。創業メンバーをはじめとする海外旅行「第一世代」のスタンスは基本的にそういうものでした。 

 

でも「地球の歩き方」以後の世代はすこし違うようだった、と彼らは振り返っています。海外旅行が徐々に特別なものではなくなり、「主義や主張が薄れていくと、「貧乏」だけが極端な形で出てきた」と。

ぼくの周囲にもバックパッカーの友人がいるのですが、バックパッカーの間では「いかにお金を使わずに一日楽しく過ごしたか」ということを自慢し合うような文化が(一部に)ある、という話を苦々しい思い出として聞いたことがあります。「貧乏」であることそれじたいにある種の価値を見いだす文化。*2――それらは、じつはバックパッカーの代名詞たる「地球の歩き方」のエートスでは必ずしもなくて、むしろその中心にいた人たちもまた、「バックパッカー世代」以降のぼくたちとある面で似た視線を向けていたのかもしれないなあ、と。

 

マニュアル世代を生んだ過保護なガイドブック?

 80年代後半から90年代に差し掛かる頃、「情報過多の時代」ということが叫ばれるようになってきます。また90年代以降、海外旅行者は増えた一方で、長期の旅行に行く人がとても少なくなったとも彼らは回顧します。

 

地球の歩き方」初期メンバーは学生たちに向けて、一貫して1ヶ月以上の旅行を薦めていたそうですが、それはあいまいな日程でも旅行できる最低ラインとして1ヶ月程度は必要だからです。一週間の旅では、きっちりと予定を作って効率化しないと周りきれませんよね。情報がなかった時代だからこそ、時間をかけて周るしかなかった。でも逆にいうとそれが、長期の旅行という思い切った選択を可能にした条件でもあったのかもしれません。

「旅の失敗が土産話として語られる時代から、絶対に失敗してはいけない時代」へと、徐々に変化していったという強い実感を、一抹の寂しさとともに語られるのが印象的でした。

 

コンテンツと試行錯誤

 「地球の歩き方」編集部は、本体シリーズとは別にムック本や雑誌など多くの出版物を刊行しています。それらの試行錯誤の記録は、旅行メディアという領域に参入するぼくたちにも多くの示唆を与えてくれています。

 

たとえば「地球の歩き方マガジン」という雑誌の話。単行本とちがって、雑誌では毎号読者が変わるそうなのですが、「いわゆる「海外旅行ファン」という人は、ほとんどいないと考えた方がいい」という指摘は重要な点だとかんじました。たとえばトラベルブックではFacebookグループの運用もしていて、ここに参加してくれているユーザーさんたちに役立つ情報、魅力的にかんじてもらえるコンテンツを作っていこう、というのがひとつ重要なミッションです。けれど同時に、彼らひとりひとりの好み・ニーズはきわめて多様なはずで、それを単純に「海外旅行ファン」と括ってしまうとおそらく失敗するだろう、ということを示唆しているように感じます。

 

他には、ホテルの予約センターがいつ混んでいて、いつならスムーズに繋がるかという情報や機内食特集が意外に喜ばれたという話。逆に、チップにかんする特集もやってみたが、日本人はチップのやりとりを嫌う人が多いので、そもそもそういう場所へはあまり行かない(=情報へのニーズが少ない)とかいう話。

はたまた、旅行者のガイドブックを買うタイミングがどんどん出発日に近くなり、空港の書店での売り上げが伸びていること。スケルトン・ツアーの普及で旅先よりも日程が優先されるという話は、自分自身の感覚に照らしてもそうだろうなという気がします。ガイドブックを買うのは最後になっていると。

 

そして本書の中で何度も言及されている点ですが、ガイドブックは「初版より改定で勝負が決まる」ということ。トラベルブックが目指すのは必ずしも狭義の「ガイドブック」ではないのですが、情報の鮮度と時代状況にマッチした切り口という部分はつねにチェックしていかないとねーと思っています。

 

関連記事ではこちらの連載(全四回)も面白かったです。

シカゴへ観光で1週間行く人はまずいない(=ビジネスユースのマーケットが大きい)のに、他社ガイドブックは観光目線での情報しか載せられていないのではー? とか。

 

ちきりんさんも「地球の歩き方」のライターだった!?|「地球の歩き方」について考えよう!|ダイヤモンド・オンライン

 

さいごに

紙媒体のガイドブックの面白さ、わくわくする感覚をどうウェブに落とし込めるかということもぼくたちの課題なのですが、そのひとつのアイデアが都市ページ(下記リンクをご参照ください)です。

国や都市ごとのガイドブックを手にとるように、気になる都市の「表紙」をめくると現地でできること、味わえる体験の選択肢が一望できる……適度な一覧性、想像力を喚起する体験、さらには現地でじっさいに使える情報……そういったものを提供していけるようにがんばっていますー。


パリ - TravelBook(トラベルブック)

 

*1:津田さんはぼくたちの事業に投資下さっているひとりなのです。

*2:先行世代が築いた条件を前提としてそうした価値観の転換が生じるのは必然であり、特定の世代が他の世代とくらべて特別に「堕落」していた、というようなことを言いたいのではありません。念のため。